【夏期講習22】いつまでもあると思うな


 いつまでも寂しい話題ですみません。無事お送りができました。若い二人の兄弟は立派に父を送り出していました。絶対泣くなよ、と言っていた私の方が泣いてしまって、申し訳ない感じです(笑)

 カワイイ息子・娘みたいな社員たちが、肉親を送り出さなきゃいけない場面で、まだ父母健在の自分に感謝しつつ、ふと「果たして人に言うほど自分は大人なのだろうか」と不安になります。まだ若いのに、後ろ盾が二人ともいなくなる心細さ。自分だったらどうだろうと、日々考えます。

 彼らが今の気持ちをいろいろと報告してくれる、その言葉ひとつひとつが、ふと無意識に私たちを親に見立てているのかもしれないなぁ、と思うのです。それは
それでいいんだけれど、私たちも頼りない夫婦で申し訳なくもなります。友人・知人が多い人たちだから、力になる人たちも多いのでしょう。だから大丈夫なのでしょうが、若い兄弟とそのご家族をどういう形であれ、見守ってあげたいと思うばかりで、自分は彼らを助けられる器量をまだまだ身につけていかないといけないなぁと改めて思います。

  ふと。
 自らはどうなんだろうと思います。
 このところ、独りで逝ってしまう人の話題が続き、振り返れば自分の可能性もかなり高いことを強く感じます。冗談半分で「一人になったら見守り機能をつけてくれ」などと言うと、本気で「私が行きます」と言ってくれるスタッフもいたりして、ちょっと心強いのですが、私も「迷惑はかけられない」と考えてしまうタイプの人間ゆえに、年寄りになって果たしてどれほど素直になれるかが心配です。

 
そんな中、昔の教え子から子供が生まれたと写真付きのLINEが来ました。このところ、こういう話題も多く、赤ちゃんを抱くことも多々あります。先日も3人目を連れて教え子が来てくれたばかり。今回肉親を送る主任も、年内にはパパになる予定です。


 逝く人があれば来る人がいて。

 行く川の流れは絶えずしてしかももとの水にあらず。よどみにうかぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。


 「世の中にある人と住みかと、かくのごとし」


 本当だ。鎌倉時代に既に諭されていました。
 
 「いつまでもあると思うな親と金」
 私のためにあるような言葉だなぁと思います。父88歳にして健脚。千葉から東京までタッタカタッタカ電車に乗ってやって来て、用事を済ませて帰ってくる。元気だなぁと思いますし、背筋もピン!ちょっと耳が遠いくらいで元気なものです。母は何でも「新薬」を試したところ、持病の肝炎が「完治」したとのこと。84歳にして持病が完治(笑)すげーなと感心しました。こんな両親だから、介護も何も心配なく、経済的な心配もなく来ました。ゆえに息子たちは気楽に生きられたのだと思います。ありがたい限り。でも、さすがに親がいつまでもいてくれるとは思えない年齢になって来ました。

 しかし、この狂歌には続きがあって、
 「無いと思うな、運と災難」
とあります。そうです。運がないと諦めるようなことがないように、また災難が降りかかることに備えておかねばならないということ。そうやって前を見て、備えながら生きろということなのかもしれません。

 先日、子どもにも言いました。親が急にいなくなるってことも、可能性がゼロなわけじゃないんだと。親がいてくれること、助けてくれることに感謝しなさいと。

 私も、休み中、また父母の顔を見てこようと思います。

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