大卒だって無職になる

34 「何故勉強するのか」という問いに、「いい大学に行き、いい会社に入るため」という単純な答えが用意されていた昭和の時代に比べると、今の子は逆に「学歴だけじゃダメだ」と言われるのですから、かえって気の毒なように思います。新潟出身の文科大臣が大学許認可問題で糾弾されましたが、今や大学は乱立し、進学率は50%以上。大卒なんて珍しくないし、むしろスタンダードになりつつあります。となると、当然「大卒だって無職になる」こともあるのです。

 ショッキングなタイトルに魅かれ、思わず手にした一冊。一応事実に基づいて再構成したフィクションということになっていますが、かなり内容はリアルなものなのだろうと推測します。この本に出てくる、「大卒無職」の事例の中には、「日本とか社会とか大きな枠組みしか話に出て来ず、リアルな社会の話が出てこない人」「口下手だからコミュニケーション能力が無いと思っている人」「チームワークで活動した経験が無い人」「常にダメ出しされて生きてきた人」「勉強以外の経験をしていない人」などなど、これだけでももうかなりの子育てや指導のヒントが隠されています。

現実の問題として、リクナビや毎ナビのような就職サイトにおける「フィルタリング」という名の就職差別問題があります。これはG-MARCH以上の大学と以下の大学の厳然たる就職差別です。というより、選別というべきでしょうか。自分のプロフィールをG-MARCH以上の大学にしておけば、ほとんどの会社説明会へエントリー出来ますが、それ以下では全て満席となります。こんなのは実にわかりやすいフィルタリングですが、これを就職活動を始めてから初めて知る学生も多く(まさか大学が「オマエらははじかれるぞ」とは言えませんしね…)、ここで相当の挫折感を感じて就職活動から脱落する学生も多いと聞きます。

大きな会社の理屈も分からなくもありません。表現は大変悪いのですが「宝の山からゴミをはじくのと、ゴミの山から宝を探すのは、どちらが効率がいいか」という言葉を聞くと、ちょっと納得してしまいます。企業にとっては、採用コストというのはとても悩ましい問題です。採用広告、繰り返す面接、研修… これらが直接的には収益に直結しないというコストですから、採用で失敗はかなりの痛手です。しかもそう簡単に取り返しがつかない… 「大手企業ほど保守的で慎重だ」という話も聞いたことがあります。

新卒ですらこんな社会情勢ですから、ちょっと何かに躓いたり、ちょっと考え込んでしまったりする人は、すぐに就職活動から「脱落」することになってしまうのでしょう。しかも、躓いたらもう終わりだ… と思いこむ幼い学生も多く、それが原因不明・本人もよく分からない「ニート」「ひきこもり」につながるケースもあるでしょうね。これは特殊な人の例ではなく、一歩間違えば誰にでも起こりうることですし、大卒だからとか高卒だからという問題でもなさそうです。それなりに特徴と原因はありますが、問題はそれだけでもない。難しい問題ですが、今の教育が抱える問題点と、その解決には何が必要かをとても考えさせられもします。

本書の中で、「子どもと生活文化協会」の和田会長の言葉が紹介されていました。これが非常に印象的。
「人が思い切って行動するためには、『思い』を『切る』ことが必要である、つまり悩み続け、考え続けている間は、一歩も前に踏み出すことは出来ないということだ。どこかで『思い』を断ち切って、『ともかくやってみる』ことが大事なのだ。」

これは無職の人間だけに限らない話でしょう。確かに、ああだこうだと悩んでいるうちは何も前に進まない、そんな生徒が桜学舎にもいます。しかし、どこかで行動が始まると、それまでの悩みが一体何だったのかと思うほど表情も変わってきます。何も考えずに、行き当たりばったりで生きろというわけではありませんが、ある程度悩んだら、今度は行動するということも大切なのでしょう。そのバランスが悪いと、「大卒無職」になってしまうのかもしれませんね。

解法と解答が用意されている「お勉強」が出来るだけの「秀才」くんは、社会に出てから、答えの無い問題の解決に悩み、躓き、挫折します。それを自分の能力不足だとは思わず、それは社会が悪い、問題自体が悪い、解法を教えない上司が悪いと責任転嫁することもあるでしょうし、社会で生きることを放棄してしまうかもしれません。

社会にあるのは「正解」ではなく、「納得解」です。誰しもが納得し、物事を上手くおさめる技量を求められます。変な正義感でもなく、自己満足でもありません。納得解なのです。これが大人になるということであり、器なのでしょう。でも、だからこそ社会は面白いのであり、正解がでなければ納得が出来ないというのは幼い気がします。

今、高校では上位大学へ行くために勉強を…と、7時間目まで勉強させる学校も多くありますし、大学は大学で授業をしっかり組んで学生の拘束時間を増やしています。勉強することは確かに大切ですが、その反面、広い社会を見てくるための自由な時間も減り、アルバイトに精を出したり、長期に渡って旅に出たり、何かに熱中したりということもかなり減っているように思います。見果てぬ夢を追いかけている大学生の、何と少ないことか!つまらない大学生が増えているのは、私も大学生のすぐそばにいる立場として、ひしひしと感じています。桜学舎の講師は面白いのですが、その友人たちの話を聞くと、呆れるほど保守的で幼くて、小さくまとまっています。賢さも感じますが、脆弱さも感じます。一度躓いたら大変だろうな…と。

お子さんのためにご父母が、また本人のために中高生が、是非一度読んでおくとよいと思います。また桜学舎文庫に入れておきますので、是非手に取ってみてください。ストーリー仕立てなので、内容はとても読みやすいものでした。

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