日本人だなぁ…

今流行りの「SDGs」っていう言葉、親御さんたちはご存知ですかね? 子どもたちは学校で盛んにこの「SDGs」についての学習や探究、発表・プレゼンなどを行なっています。

SDGsとは「Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)」の略だそうで、2015年9月の国連サミットで採択され、国連に加盟する193の国が2030年までの15年間で達成するために掲げた目標ということになっています。

で、そこには大きな目標が17個、そしてそれらの目標を達成するための169のターゲットが示されています。最近よく聞く様々な言葉も、そんな目標の中に出てくるものだったりしますから、このSDGsは子どもたちの教育の世界ではかなり大きな役割を果たしているようにも思います。

ただ、「日本人だなぁ…」と私が思うのは、みーんな一つの方向に流れていってしまうこと。もちろん文科省やお上の方針として降りてくるものがあるのでしょうが、全員が全員やらなくてもいいと思いますし、それこそ「多様性」を重視するはずだったわけですから、みんなが「右向け右」になるのはどうかと思うのです。

しかし、今は猫も杓子もSDGs(笑)

桜学舎の生徒にも、その発表や研究で目覚ましい成果を出している子が何人もいます。それはそれで素晴らしいのですが、常にA面があればB面があるわけで、もし私が現代の教育を受けることになったら、完全に「敗者」だったと思います。なかなかこの系統の問題には興味が持てなかった気がするのです。

私は常にバランスを考える人間。楽しいこと、盛り上がっていることがあると、瞬時に「それに乗り切れない子がいないか」とか、「そうでない子をどう拾うか」ということを考えてしまいます。このバランス感覚が悪い人をあまり尊敬できないというところもあります。

でも、日本人だなぁと(笑)
一つの流れができると、みんなで盛り上がってそっちへいってしまうのは、国民性でしょうね。明治維新の際に日本文化を捨てまくってしまったのも、戦後、一気にアメリカナイズドされていったのも、日本ならではなのかも知れません。知らんけど(笑)

世は、「国際」ブームでもあります。中高の学校改革の話が出ると、「グローバル」「国際」というワードが出ない学校はありません。

実際、戸板女子が「三田国際」に、聖美学園が「サレジアン国際学園」に、千代田女学園は一時の募集停止から昨年「千代田国際」に衣替え、来春は目黒清美学園が「サレジアン国際学園世田谷」に、そして東京女子学園は「芝国際」にそれぞれ変わります。学芸大国際も、都立国際高校、立川国際中等教育学校もあります。まだまだ◯◯国際が生まれそうです。

「ジェンダーレス」という言葉も最近は随分と言われるようになりましたね。某有名大学で、まさにそのあたりの勉強を専門にしている講師もいます。いろいろな知見が出てきて勉強になることも多いのですが、先日、某女子大で「ミスコン止めます」という宣言が大きな話題になりました。その理由が、「ジェンダーレス時代の流れにそぐわない」というものだったのです。

でも世間では突っ込まれまくってるのが大笑い。
女子大でそれ言うかと(笑)確かにね!(笑)

何だか、最近は「ルッキズム」なる言葉も生まれてきて、見かけで評価されることがいけないことのように扱われるようになってきました。確かに、容姿だけで人を判断してはいけないというのは、何も今に始まったことではありません。私が子どもの頃から言われてきたことですから、「今はそういう時代じゃ無い」などと鬼の首を取ったように語る人を見ると滑稽でしかないのですが、やっぱりこれもA面B面問題があります。

容姿で判断されたくない人がいる、それはもちろん尊重されるべきですが、容姿で判断されたい人もたくさんいるわけです。容姿を磨き、いや、もしかしたら「可愛い」「カッコいい」ことが最大の武器になっている人もいるわけです。タレントさんとかモデルさんとか、そういう人は、容姿がいいことを生かして仕事をしているわけで、それもまた「個性」「特徴」なわけです。

どっちかに偏ってしまう。
主義主張の強い方へすぐ傾いてしまう。
今に始まった事ではないのかも知れませんが、日本人って、人がいいと言うか純粋と言うか… きっと騙されやすくもあるんでしょうね。

私は、現代社会におけるほとんどの事柄について懐疑的です。
常に「批判的」です。本当かよ?と思いながら生きています。ヘタをすると、自分自身についてすら懐疑的だったりします。裏返せば盲信的な人が嫌い。

生徒には、大人を疑えと教えます。世間を疑えと。
TVや新聞雑誌でさえ疑えと。嘘っぱちが書かれている可能性なんて十分あるわけですし(今の某大国の国営放送なんて見れば一発で分かりますよね?)、大人だって自分を操ろうとしているのかも知れないと思えと。ゆえに考えろ、確かめろ、そしてその能力を高めるために勉強しろと。

表があって、裏がある。
A面があってB面がある。
キレイなものがあって汚いものがある。
神聖なものがあって邪悪なものがある。

これが世の中です。私は、違うものが、違いとして存在することが「健全」であると信じています。人と違う方向を見ている子を尊重したいとも思うし、そういう子が実は大物だとも思います。そういう子が変革をもたらす可能性が高いとも思います。

真の「多様性」「共生社会」を理解し、実現していくことこそが重要だと思うのですが、どうも日本社会には難しいようですね。でも、人と違うことを恐れるなと、若者には伝えて行きたいと思います。

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