母の教育

私の教育論は、実は母の教え。母の教育です。

先日実家に帰ってみると、89歳の本人はもうほとんどそんなこと覚えていませんが、これは私が継承していくべきことだろうなぁと思って、仕事に役立てています。

ドラ息子2人を育て上げることだけが生きがいだった、いやそのためだけに人生の大半を費やした母だと言ってもいいでしょう。

その母は、私が久しぶりに実家に帰って来た時は嬉しそうに、いつも通りに話しますが、普段はやっぱりいろいろ分からなくなってしまうんだそうです。

弟には、「あの子はどこ行っちゃったんだろうね?」「結婚しているのかね?」なんて言うこともあるそうです。

妻と新しい生活を始める時、実は私はある晩、急に、

「今日から東京で暮らすから、また連絡するね!」

と言って、車に最低限の着替えや生活道具を積んで、家出同然(笑)で妻のマンションに転がり込みました。

「今晩から一緒に暮らさないと!」と決断した瞬間があってのことでしたし、もちろん当時の母はいろいろ分かっていました。妻のことも勿論わかっているし、その後両家顔合わせも、結婚式も、親戚のパーティーも、ちゃんとやってますよ。

でも、ある日突然、大事な息子が家を出て行ってしまったというのは、きっと衝撃的だったんでしょうね。悲しかったのでしょう。喪失感もいかばかりか。急に家の中の明かりが消えたような感じになったのかもしれません。

90歳を前にして、いろいろなことが分からなくなってきた今、どうでもいいことは記憶から抜け落ちていき、昔の強烈に悲しかった記憶だけが残っていて、「息子がいなくなってしまった」「どこへ行っちゃったんだ?」と嘆く… という話を聞くと、やっぱり申し訳ないことをしたなぁと思いますし、切なくて涙が出ます。悪かったな、かーちゃん。

実家に帰って、母の料理のレシピをいろいろ弟と共有したり、晩ご飯を作って食べたりして、夜は帰宅。母の料理も残したいなぁ…と思うこの頃。群馬から伝わった温かいとろろ飯とか、煮込みハンバーグ、実家でも作ったスパニッシュライス、茄子のひき肉はさみ揚げ、不思議なグラタン、豚バラのワイン煮… よく食ったなぁ…というものはいろいろあります。

75歳まで教壇に立ち続け、いつまでもシャキッとしていた父も、93歳、さすがに相当ヨボヨボしていました。90まではシャキシャキ歩いていましたが、流石に(笑)でも、自分でバスに乗ってAEONモールまで行っちゃいますけど…

そう遠くない将来、いろいろな覚悟が必要なんだろうなぁ… と思います。孝行したい時に親は無し。いや、親、いますけど、意外に孝行出来ないものですね。せめて無形の遺産として教育方針を受け継いて行きたいと思います。

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