忘れちゃう

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最近、考えていたことをすぐ忘れてしまう。
ちょっといいことを思いついて、その後にほんのちょっと何かをしたりするともうダメ。どうやっても思い出さないのです。メモろうと思って手帳とペンを出したんだけれども、その前にちょっと食器を片付けたらもう終わり。手帳を前にウンウン唸りだしてしまいます。

「何だっけ…」

以前は、立て板に水で授業でも次から次へと言葉が出てきたけど、今は、「えーっと」が多くなったなぁ。

歳はとりたくないもんだ(笑)


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勉強が出来る・出来ないの差は「志」の差。
本当に「頭がいいんだな」と思わせるような、「格が違う」人たちは、やはり「志」が全く違うのです。のんべんだらりとは生きてないし、生きる意味や勉強する意味、人生の意味をよぉく考えています。

本気で日本に来ている留学生にだって、日本人のそこそこ優秀くらいの生徒は全くかないやしません。全く歯が立たないのです。そもそも知識や学問の吸収率がちがうのです。「お勉強」を「やらされている」うちは全くダメ。受験勉強でも、そうではない場面においても、親は「やらせる」ことではなく、「志を高く持たせる」努力をすべきなのでしょうね。とりあえず勉強させて、目の前の入試を「すり抜ける」ことが目標であるならば、その子は勉強の意味を、「すり抜けること」と定義付けます。何かの関門をすり抜け、要領よく、テキトーにすり抜ければそれでいい。勉強とはそういうものだと信じ込むでしょう。

そして、世の中で最も「使えない人材」と成り下がるわけです。
新しいことを知ったり、幅広い知識を得たり、それ自体を楽しいことだと認識できなければ、「志」など持てません。

高い志を持てば、それを実現するために何をどう勉強しなければならないのかが分かるはずです。だから、勉強を「やらされる」などということはまずありえないのです。

無理やりやらせてもいい結果が出ないのは、どんな大人でも理解できるでしょう。だから、「どうしたら勉強するようになるのでしょうか?」という質問は愚問です。

志をどう育てるか。つまりは親御さんがお子さんにどういう人間になって欲しいのか、どういう道徳観を持って欲しいのか、どういう将来観を持って欲しいのか… そういう「理念」のようなものを育てる努力をする必要があるのです。これが上手くいけば、子どもは勝手に優秀になるでしょうね。

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家の近所の「往来堂書店」
この夏、この書店だけで帯を作って、いろいろな人のオススメの本をプロモートして販売していました。この書店、こういう取り組みが面白く、またいい品揃えをしているので、小さいながらもよく行きますし、よく買います。センスは非常にいいですね。

で、この独自のシリーズ。
「D坂文庫」

道玄坂は渋谷。
動坂は田端の方。
えーっと…

三崎(さんさき)坂、三浦坂、あかじ坂…
えーっと。
また忘れちゃった…

あとで思い出す「団子坂」
あ。D坂って、ここだろうな。

で、この「ないものあります」
結構シュールで面白い
幻の通販カタログという名目のパロディー。

商品カタログとして掲載されているのは、「堪忍袋の緒」「思う壺」「無鉄砲」「おかんむり」など。なるほど…と思うこともありますが、クスっと笑ってしまう、そういうウィットに富んだジョークが心地よいです。

ちくま文庫。

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