誰かが止められたはず

昔。もう10年以上前の生徒に、Kちゃんという女の子がいました。初めての出会いは中2でしたので、そこから考えると20年近く前の生徒になるかも知れません。

Kちゃんは、びっくりするくらいの「オデブ」ちゃんでした。
完全に他の子の倍ある体格。
普通ならイジメられてしまうタイプですが、防衛の本能でしょうか、イジメっ子でした。キツイ言い方をしたりして、友達にも辛く当たったりして、とにかく「嫌な感じだな…」という印象でした。

その子は、縁あって、とある特殊なキリスト教系の看護短大に進みました。看護士を目指していたので、看護高校に進み、看護短大へ。ところが、神様の教えに救われたのでしょうか、短大に入ってからは実に心穏やかな子になったようで、何度か私もお手紙をもらいました。何か感じるところがあったのでしょうね。

でも、この子と出会って、私はいつも悲しい気持ちになっていました。この子の行動を見て、切なく感じていました。それは、

「誰かが止められたはずなのに…」

いや、イジメじゃないですよ。
太ることをです。

もちろん、多少の体質はあったでしょう。しかし、ご両親も兄弟も普通体型。つまり、生活習慣で太った可能性が高いのです。暴飲暴食や制限の無い間食、食事のバランスや規則性など、生活習慣や自制が出来ていれば、そんなに驚くほど太ることなどなかったはずです。

「やめろ」
と誰も言わなかったのでしょうか?
「ダメだ」
と誰も止めなかったのでしょうか?

つまり、誰かが止められたはずなのに、周りの大人がみんな、悪者になったり憎まれたりするのが嫌なばっかりに、責任逃れのために止めなかったのではないでしょうか?

高校生にもなって学習習慣がついていなかったり、人生の切り開き方もしらなかったり、勉強が出来なかったり、セルフコントロールが出来なかったり… とにかく何も出来なかったり、何も知らなかったり、いい加減な生活にドップリ浸かったり… 呆れてしまう子は数多くいるものです。

そんな子を見るたびに、いつも思います。
「誰かが止められたはず…」

 

私は小学生には「怖い先生」だと思われています。
塾長だけは怒らせてはいけないと思われています。
平気で怒鳴ります。叱ります。頭に来たり(ふりですけど!)します。
でも、自らの怒りに任せて、感情的にムカツイてるんじゃないんです。常に思うのです。「ここで止めておかなければ!」と。

宿題を平気で忘れてくる子。
先生の話も聞けない子。
自分の勝手ないいわけばかりをする子。
大人を煙に巻こうとする子。
平気でウソをつく子。
逃げようとする子。
やるべきことをやらない子。

絶対に許しません。
小学生の頃からこんなでは、将来が思いやられます。だから、絶対許しません。キツいお灸を据えます。

嫌われ役ははっきり言って面倒くさいです。
本来は躾などご家庭の仕事です。
生徒と喧嘩になって退塾…というリスクもあります。
でも、私は叱ります。
「ざけんな!」
「ダメなものはダメ!」
理不尽かも知れませんが、大人と交渉しようとする子どもも、絶対許しません。ルールはルール。嫌なら出て行け。そういう姿勢です。

でも、誰かがその基準になるしかないのです。
親御さんがそのルールになるのが難しい時代です。
私は、少なくとも塾内の絶対ルール。

とにかく、後で
「あの時何で言ってくれなかったの?」
と恨まれたくないのです。

まず、間違ったことは言わないと思います。
人間として、基本的で当たり前のことでしか判断はしません。
人として間違っていることは、ストレートに言います。

「誰かが止められたはず」
そんなことを言われないために、我々大人が思慮深く、真剣に子どもと向き合う必要があると思います。

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