宿題を出すべきか?

宿題を出さない塾というのがあります。
それを一番の売りにしている塾もあるんだそうで、「出してもやらないのだから、お互いにストレスにならないやり方を考えた」ということらしいです。ものすごく合理的であるように見えますよね。確かにそうだなと、こちらも納得しそうになることもあります。

国語をやらない塾もあります。
国語の指導はお断りなんだとか。理由は簡単。指導しても成績が上がらないから。確かにそういう面があるかもしれませんね。国語はハッキリ言って、指導者の資質がかなり問題になります。文学部を出たからと言って国語の先生になれるわけでもなし、教員免許を持っている方は多いでしょうが、果たして生徒の国語力をどれほど向上させたかと言えば、かなり怪しいものがあります。ですから、「国語の指導は諦めた」というのは、実に合理的なんでしょう。

しかし、それは良い教育になっているのか? という問いには、少々疑問の余地がありそうです。
宿題を出さない塾が常識化してしまうと、その先、中学や高校に入った時に困ります。中学や高校では宿題が出るのですから。それをこなす常識が無いと、そもそも学校生活に適応できません。やはり家庭学習がきちんとできる子が「出来のいい子」であることは間違いありません。ほんの一握りの「スマートな子」を真似しても、決してうまくは行きません。結局、「地道に努力する子」が報われるのだと思います。

国語を、「成績を上げる」という目的のみに限定した場合は、確かに放棄してしまった方が効率的なのかもしれませんが、国語は全ての教科に通じる、いわば学習の要。つまり、ここを無視して他の科目の成績を上げても、将来的にまた大きなつまずきがやってくるのは明白です。日本語が通じないというのは何においても致命的。学習ってそんなものかしら?と思ってしまうのですが、どうもそれが「多数派」ではないようです。

桜学舎は宿題を出します。しかも結構な量で。
出来ないという、その姿勢は直すべきことだと考えているからです。
国語もやります。大事な科目ですから。
目先の成績だけを考えるならば、面倒なことも、非効率的なことも、子どもの長い将来を考えたらいい加減なことは出来ません。ただ点数が取れるようにだけ教えるのは教育とは言いません。

宿題をやらせられてナンボ。
そう考えて桜学舎では学習を進めています。

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