父のルーツを訪ねて

妻が家系図を作ると言い出しました。父方、母方、苦労していろいろ戸籍を拾ってくれたのです。最初は私はあまり気にしていませんでしたが、だんだんと興味が出て来ました。

我が父は、実は「亀山家」との親戚付き合いが全然出来ない人で、母方の親戚はよく会う間柄なのですが、亀山家の情報は全くと言っていいほどありませんでした。亀山を名乗りながら、全然亀山との付き合いがないウチ。

それでも昔よくしてくれた叔父さん叔母さんなどの記憶があるので、辿りながらいろいろ戸籍を見ていると、親父が話していたことが色々つながったりするものです。父は、「俺の家は栃木の佐野の山奥の豪農だったんだ」とよく話してくれていました。葛生(くずう)や田沼という地名は馴染みのあるものだったらしいですが、それ以上の情報は知りませんでした。佐野は佐野でも、一体どこなのだろう?

父方の戸籍を辿っていったら、やはり父が言っていた通り佐野に行きつきました。佐野市役所から戸籍を取り寄せたところ、明治あたりのかなり古い戸籍まで出て来たので、いろいろ分かったことがありました。父が言っていたのは、安蘇郡といった時代の野上村という村、その作原という場所でした。

曽祖父の名前は、父に聞いたら「浅次郎」とか言っていましたが、間違ってました(笑)

父方の祖父は昭和22年に亡くなっているので、実は私は父方の祖父を全く知りません。父も幼いころの祖父の面影程度しか覚えていないらしく、ゆえに祖父へのあこがれと思慕は強いのだろうなぁと思います。若くして父母を亡くしているので、それなりに苦労して生きてきたのだと思います。教員になり、一時は宇都宮に勤めていましたので、やっぱり栃木に帰ったのかとも思いましたが、その後千葉県の教員となって最後まで勤め上げました。

「呼ばれてる気がするから、行こう」

ふと私はそう思い立って、先日車を飛ばして佐野まで行ってきました。まずは市役所へ行き、戸籍の旧地番を「今のどこですか?」って調べてもらいに窓口へ。これが意外に難しい話で、旧地番って探すの大変らしいですね。何と私たちが探し求めたその地番は、今は道路になっていました。でも、ギリギリ残っていた!奇跡に近いです。まずはそこを訪ねてみるしかないと思って山の中へドライブ。

どんどん山が険しくなってくる道を車を走らせて、行ってみたところ、地番の場所らしきところへ無事到着しました。この辺だとウロウロしていたら、なんと、あるお宅の表札に「亀山」を発見! うおー!絶対親戚だ!と。

でも、さすがにちょっと声をかけるのも……と思って躊躇っていたら、たまたまそこに農作業中の男性がいたので、こちらの方は?と聞いてみました。すると何と!(さっきから何と!ばっかり!)その方も亀山さん! そして「妹の方が詳しいから」と、妹さんの家へ連れて行ってくれて、もちろん亀山さん。そこらじゅう亀山さんの集落だったのです。

で、ご挨拶をすると、

「東京の方?」

と聞かれ、父の兄、つまり私の叔父が亡くなったという話が出たので、これでもう完全に親戚確定! そこから祖父、曽祖父の話も全部聞けました。すげー!

目の前の大きな家が「本家」で、周りは分家。私の父が幼い頃「おじいさんの家」として来たことがある家はこの本家なんだと思います。

曽祖父は相当自由奔放な長男だったらしく、放蕩息子だったので本家から出されてしまったとか。何と(またか!)職業は「山伏」(笑)これはもう、面白すぎてたまりません。山伏!(笑) 祖父は若い頃から東京へ出て、全然佐野には帰ってこなかったそうです。なのでこちらの亀山家は入り婿さんが継いだのだとも聞きました。いやはや、私の自由奔放な生き方は、こりゃ亀山家の伝統だったんですね!参りました。

そして、戸籍で分かったのは、次男だと思っていた父が四男だったこと。知らない叔父が2人いましたが、既に亡くなっていました。そして父は豊多摩郡渋谷町生まれのシティボーイだったということも知りました。もう本当、情報多すぎ(笑)

さて。
作原に着いて車を降り、ウロウロしていたとき、たくさんの蝶が飛んで来ました。以前から、何か親戚筋のイベントやちょっと神様に関係あることを行うとクロアゲハが飛んで来るので、私たち夫婦は何となくそれを「亡き義母」だと思っていました。ちなみに普通のアゲハの場合は私の方の親戚だと思っていたのですが、それは家紋がアゲハだから。

ところが今回は、実にいろんな蝶が飛び回り、本家の前ではすぐそばまでまとわりつくように飛んできました。しかも急に集まって来て周りを飛びまくり。きっと、みんな遠くからやって来た孫・曾孫を見に来たんじゃないですかね? そんな神がかり的なビックリもありました。

今回撮ったいくつかの動画を持って、今度は父のもとへ行こうと思います。来年2月で94歳の父。まだ話が出来て、通じるうちに、この場所の動画を見せてやりたいのです。ただそれだけなんですけどね、父とは親戚の話や、父の若い頃の話をしたいものです。

そして、私は父の期待を100%裏切って生きて来たので、出来れば一度、「すまんかった」と詫びておきたいと思います(笑)でも、放蕩息子が育つのは亀山家の血筋だと分かったので一安心(笑)

先月心臓が止まった(ホントに!)母も、無事90歳。ボケも進まず、元気なようです。会ってこないと。

最後は佐野の市街まで降りてきて、佐野ラーメン食べて、アウトレット見て帰ってきました(笑)
しかし、そうかぁ、ひい爺ちゃん、山伏か…(笑)

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